どうでもいいっつっちゃーどうでもいいのだが・・・
俺自身が、この映画を観ないことには何も意見できないと思って今まで静観してました。
ジャズミュージシャンの菊地成孔と、映画評論家の町山智浩が論争?喧嘩してる件です。
俺も映画好きな立場からしてみれば町山寄り(肩を持つとは違う)にはなるんだけど。
で、作品を観まして思うのですが
この映画は音楽の映画ではありません、喧嘩映画と俺は位置づけます。
ジャズっていうのは付属でしかない。別に音楽でなくても、スポーツでもなんでもいい、主人公の青年が鬼教官に出会って、極限を味わう過程で葛藤、対峙、格闘することで成長する物語というのが根本的な部分なんじゃないかと。
そう捉える俺からすれば、菊地氏の怒りは、矛先の誤った単なるヒステリックでしかない。
とにかく、菊地氏の場合、批判文の無駄な長さ、支離滅裂な言葉の羅列、汚い言葉が、読むに耐えうるレベルではなく酷いもんでした、批判にもならない低次元すぎる悪口の域を超えてませんでした。それと同じ土俵で罵り合った町山氏も同レベルだと思うけど。
で、この映画自体は素晴らしいです!凄まじいです!
俺はジャズプレーヤーではないので音楽的なことも、音楽家としての感覚もわからない。
けど、この映画を単なる音楽映画としか観れないのは読解力が無いとしか思えません。
そもそも、原題は「鞭打ち」って意味ですからね。
邦題の「セッション」ってのが誤解のもとかな?
とにかく、映画の感想で喧嘩するなら、もっと次元の高いディスカッションを求めます!
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