所詮はアメコミである。これだけ年に複数作も乱発公開していれば観客もそろそろ飽きるだろう。って時に、マーベルは史上最高の愛されキャラを投下し、世界を再び魅了した。その存在こそ、最年少ヒーローのスパイダーマンだ。この存在がまた本当に唸ってしまうほど愛着のあるキャラで、マーベル史上最高傑作塗り替えてもいいくらいの好感度を持っている。
主人公演じるトム・ホランドは21歳だが、登場するピーターは15歳の設定だ。なのに、違和感が無い。teenそのもの。彼の童顔と変声期のような声、純真な視線、意外に筋肉質・・・・・・これらは、歴代の名優トビー・マグワイアや、アンドリュー・ガーフィールドにも醸し出せなかったものだ。正に、映画史上最もスパイダーマンに適した新人と言って過言ではない。
しかも、冒頭の『シヴィル・ウォー』の戦闘シーンを、YOUTUBE用に(?)携帯カメラでコソコソ撮影しながら実況する様なんか今時で、嫌味が無くて好感度も高い。どことなく『スパイダーマン』がポップで若返った気がする。大いに素晴らしいことだ。
このシーン大好きだわ~(´∀`艸)♡ pic.twitter.com/RTFlkUAMoh
— ROCKinNET.com (@ROCKinNETcom) August 21, 2017
“認められたい”、ただそれだけのために必死に奮闘するも、結果が付いてこない姿が、リアルで共感できる。
「もっとでっかいことがしたい」というのは周囲の大人からガキ扱いされることへの嫌悪から、誰しもが青年期に思うことではあるが、このピーターにとっては「アベンジャーズに入りたい」ということになる。その目的のためにガムシャラになる。そこに共感性が生まれる。スパイダーマンとして特殊能力を使い悪党退治する姿が、まるで高校球児なのだ。これまでの二人のスパイダーマンは、蜘蛛に刺されたことで強靭な肉体を手にし、物事を万事解決してきたが、今回のスパイダーマンはヒーローになっているにも関わらず、失敗ばかりで、気持ちとは裏腹に空回る。悩みもがく。決してヒーロー映画の爽快さばかりを描いていない。
そこに勝算があった。スパイダーマンを、ヒーロー以前に、いち思春期の少年として描くことで、誰しもが経験しただろう普遍的な少年期の葛藤という、過去への郷愁感を映画に持たせた。多感期の繊細な様々な感情に触れることができ、なんともいえない淡くも儚い気持ちになった。
また、80年代テイストの学園青春物語の王道を描き切くことに比重を置き、これまでのスパイダーマンの運命の詳細(ベンおじさんが強盗に遭うなど)を描かなかったからこそ、マンネリ回避にも成功している。
特に、アイアンマンであるスタークに「君にスパイダーマンのスーツを着る資格はない」と説教されるシーンなんか絶妙だ。弁明するピーターの言葉を遮るようにスタークは「いいか、今大人が喋ってるんだ」と真剣に説教をする。年功序列が他国よりも薄いアメリカにおいて、それでも有無言わさない未熟性を大人であるスタークを通してピーターに課す。ヒーロー映画とは思えないほど、とことん、ピーターを追いやる。しかし、どん底に落ち込むも、それでも、正義感だけで立ち上がるヒロイズムは最高だ!
しかも、PCに強いおデブの親友が手伝ったりと、冴えない者同士の友情が大事件を解決していく大逆転の様子は、まるで名作『グーニーズ』や、ドラマ「glee」級のカタルシスで気持ちが良い。
そして、敵役のマイケル・キートンの使い方も上手い。言わば彼は資本主義の犠牲者に他ならない。結果として道を踏み外すも、その資本主義の頂点にはスタークがいる。世の中の不条理による善悪が描かれる。だから、一概に勧善懲悪とも言い切れないのが皮肉でもある。
何故、アベンジャーズ採用試験からクビ宣言されるも、ピーターが再び戦いに挑まねばならないのかは、このマイケル・キートンが中盤で意外な関係性で出て来るからだ。あの車中の緊迫感の描き方も巧い。シナリオが素晴らしい。
どうでもいいが、大きな翼を身に纏ったマイケル・キートンは『バードマン』ってことでOK?(笑)
同級生がアフリカ系やフィリピン系、ピーターが恋する相手も黒人少女というのも本作の鍵である。白人至上主義者が大国の頂点に立っている今だからこそ、その意味をしっかりと受け止めたい。
次は、史上最強の不器用、童貞スパイダーマンの宙吊りキスが見たいな~
(文・ROCKinNET.com編集部 よっしー)
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