日本音楽界に語り継がれる新たな名作誕生!
凄くパーソナルな出来事や心情を歌った楽曲がほとんど、なのに、それは決してポップ・ソングが持つ底抜けに楽観的な明るさを反映しているわけでもなく、哀しみも含まれているのだけれど、かといって決して日記的でもなく、彼女の音楽活動の空白の6年間に得た感情の総決算を世間に示すように、とことん風通しの良い対話姿勢が感じられる。
震災の被害者への鎮魂歌も、逝去された母を想った曲も、男性にとって都合の良い女の歌も、同性愛者が異性愛者に恋する歌も、ポップというには軽々しい。けど、宇多田はNHKの番組で「素直でないことこそ不謹慎」と明言した。全てを曝け出している。そんな人間力、人間臭さが、この作品からは感じられる。
活動休止前、彼女の楽曲は既に洗練されたもので、唯一無二な日本のポップ・ソングとして成立していた。しかし、どことなく力んでいる感じはあった。デビュー作で邦楽シーンを塗り替え、以降、多くのタイアップがつき・・・要はそういうものから離れるための休止であったわけだが、それを経て「リアリティーが増した」と彼女も取り巻く制作スタッフも感じたという。彼女の歌声が柔らかく、ごく自然体になった変化を確かに感じる。
そして、ジャジーなナンバーや、アンプラグドなバラードから打ち込み系R&Bなど、実に多ジャンルの楽曲に恵まれていることの喜び。そんな中で、椎名林檎、ラッパーのKOHH、小袋成彬との異種格闘技的コラボが面白いこと。宇多田ヒカルは、我々が想像していた以上に何歩も先の次元のポップ・アイコンに昇華されて戻ってきた。
この『Fantôme』どうやら世界各国で評判が良いらしい。
まだ15歳だった日本の少女が背伸びしてR&Bを歌っていた頃、世界は彼女を受け入れなった。しかし、人間らしさをより身に沁み込ませた彼女には、欧米かぶれした日本のシンガーの姿でなく、生身の人間としての歌声に、世界は魅了されているのかもしれない。
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