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確かなものが、容易に感じれたものが、我々の生活から消え去って久しい。音楽なんて生命に直接関わるものではないし、形ないものだから尚更だ。世界的にロック音楽の居場所が失われつつあることを憂いていた日々が懐かしい。今は音楽自体が存続できるか不確かな時代だからだ。そんな不確かな時代に、心の拠り所としてロック・ライヴが存在する意味合いの大きさという「確かなもの」を示してくれたのが今宵のマイヘアだったと思う。
2019年から続き、中断を余儀なくされた長い「ブレイクホームランツアー」の最終日。「せっかくの日曜日なんだからさ、楽しく過ごそうよ」と笑顔で言う椎木にはバンド史上最大規模の会場でのライヴにしては余裕を感じるもので、初武道館や初横浜アリーナの時のような、緊張のあまり空回って暴走していた姿はなかった。けど、その暴走こそマイヘアの持ち味で愛おしく、予定調和じゃないから心の真に響いていたわけだが、しっかり腰を据えていようとも、その丸腰感は今日も健在でマイヘアらしいリアリティに溢れたパフォーマンスで、だからこそ確かな音楽を、失われていたロックを感じさせてくれたのだと感じる。
バスドラが体に響く、この感じ。いつぶりだろう。昨年から、ライヴには何度か足を運んでいるが、機会は当然減っている。だからこそ、この感覚、生音でないとダメな理由、ライヴが好きな理由を再確認しながら、音楽が作る空間に身を委ねる心地良さを噛み締める。相変わらず体全体でギターを掻き鳴らす椎木やバヤや、やまじゅんの姿に感動すら覚えた。「アフターアワー」で幕を開け「告白」「ドラマみたいだ」「君が海」「接吻とフレンド」とお馴染みの人気曲が続く。ついこの前まで聴いていたはずなのに懐かしい。何よりも多くの未披露のまま放置されていた「白春夢」「芝居」「味方」「宿り」「次回予告」などの新曲たちがセットリストの中で映えていたことにマイヘアの未来が見えたようで、頼もしくも嬉しかった。
開催する側も1年以上の月日、2度の延期を余儀なくされても絶対に中止にはしなかった意地があったのだと思う。メンバーもスタッフや、事務所社長でありマネージャーに感謝の言葉を投げかけていた。確かに、中止にすれば簡単なものを開催させるところにまで持ってきた労力に頭が下がる。当たり前だったライヴの景色が、特別だったこと、その特別な想いを、未曾有の危機においても、変わらぬパワフルさで駆け抜けたマイヘア。感動の特大ホームランを見届けられた気がした。さいたまスーパーアリーナは到達点ではない、彼らのバンド活動の一部に過ぎない。リアルを歌い、リアルを体現させる勇姿こそ、ロック・バンドがどんな状況下であろうが時代に寄り添い、抗い、到達する確かなもの、ロックの真髄なんだとマイヘアが示してくれた。
(文・ROCKinNET.com編集部)
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